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弁護士 野中法律事務所 八王子:残業代
残業代・休日労働・深夜労働などについて、未払いがあるということで
相談がよくあります。
残業代等の請求権の内容や請求手続き、
固定残業代、歩合制の場合の問題等の概要を紹介します。
第1 労働時間・休憩・休日についての法律
1 労働基準法は、労働時間について、就業規則や労働契約で明らかにすることを求めています。
(1) 規制の原則は次の通りです。
・ 法定労働時間:休憩時間を除いて1週間40時間、1日8時間を超えることはできません。
例外があります。(労基法40条)
以下の事業場では1週間44時間、1日8時間となります。
商業、映画・演劇業(映画の製作の事業を除く)、保健衛生業、接客娯楽業で
常時10人未満の労働者を使用する事業場
・ 休憩:労働時間の途中に、労働者が権利として労働から離れることを保障された時間です。
労働時間が6時間を超える場合には、少なくとも45分
8時間を超える場合には、少なくとも1時間 の休憩を与える義務があります。
・ 休日:労働契約上、労働者が労働をしなくても良い日のことです。
毎週少なくとも1回
4週間を通じて4日以上
(2) 例外
@ 時間外・休日労働…労基法36条…36協定締結及び届出
A 変形労働時間制 …労基法32条の2〜5
B みなし労働時間制…労基法38条の2〜4
C 適用除外 …労基法41条
D 特例 …労基法40条
2 労働時間の規制が適用されない労働者
労働時間や休日等の基準は、労働者の健康や生活を守るための基本となるもので、適用を除外する
場合は、厳しく限定されています。(適用除外…労基法41条)
・@ 農業・畜産・水産業に従事する労働者
・A 管理監督者・機密事務取扱者
・B 監視・断続的労働従事者
・C 高度プロフェッショナル制度の対象となる労働者
適用が除外される労働者には、時間外労働、休日労働、それに関する割増賃金の問題が生じません。
但し、深夜労働に関する規定、年次有給休暇の規定は適用されます。
3 時間外労働・休日労働
(1) 法定労働時間や法定休日の規制はありますが、就業規則等で定め、あらかじめ労使協定(36協定)
を締結し、労基署に届け出ることで、例外的に時間外労働や休日労働が認められています。
労基法では、@ 時間外労働の上限や、A 臨時的な特別の事情がある場合に労使協定で定められる
労働時間の上限等について定められ、罰則も設けられています。
大まかには次の通りです
・@ 時間外労働の上限は、原則として月45時間、年360時間
・A 特別条項の有無に関わらず、
時間外労働と休日労働の合計は、1年を通して常に月100時間未満
2〜6か月平均月80時間以内
(2) 割増賃金
時間外労働や休日労働については、次の割増率で計算した割増賃金を支払う義務があります。
@ 時間外労働…2割5分以上 法定労働時間を超えて働かせたとき
A 休日労働 …3割5分以上 法定休日に働かせたとき
B 深夜労働 …2割5分以上 午後10時から午前5時までの深夜に働かせたとき
重なる場合
C 深夜・時間外労働…5割以上(2割5分+2割5分)
D 深夜・休日労働 …6割以上(2割5分+3割5分)
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第2 不払いの残業代について
1 残業代の請求
時間外労働や休日労働に対する賃金が適正に支払われない場合には、使用者に対して請求が
できます。
* 注意…残業代請求について、2020年4月1日以降の未払い賃金については、
時効期間は,賃金支払期日から5年に延長しつつ当分の間は3年になります。
・1日8時間の法定労働時間を超えて働かせたときは、超えた時間に対して通常の時間単価の
2割5分以上の割増賃金を支払う義務があります。
* 所定労働時間が1日7時間の場合には、1時間の時間外労働をさせたとしても、1日
8時間の法定労働時間ないであるため、割増賃金の支払い義務はありません。
しかし、当然就業規則に基づいた賃金を支払う義務はあります。
所定労働時間とは:労働契約に基づいて、労働者が労働義務を負っている時間です。
* 割増賃金算定の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他命令で定める
賃金は算入しません。
2 労働時間の正確な把握
使用者には、労働時間を正確に把握するなど労働時間を適切に管理する責務があります。
厚労省の労働時間適正把握ガイドライン(平成29年1月20日策定)で、
使用者が講ずべき措置を具体的に明らかにしています。
さらに労働安全衛生法では、労働時間の状況について把握することが義務付けられています。
労働時間の把握方法:原則
・タイムカード、ICカード、PC等の使用時間の記録等の客観的な方法
・使用者による現認
例外
適正な申告を阻害しない等の適切な措置を講じた上での労働者の自己申告
* 残業代請求で実労働時間を立証する方法としては次のようなものがあります。
・タイムカード ・PC等の使用時間の記録
・業務日報 ・電子メールの送受信記録
・スイカ利用明細の時刻
3 残業代の計算例
月給制の場合の残業代の計算は次の通りです。
時給×(1+割増率)×時間外労働時間
この場合の時給は基礎賃金を月間労働時間数で割った金額です。
<例> 基礎賃金を35万円、所定労働時間が7時間、月間労働日数が20日の場合
月間労働時間数=月間労働日数×所定労働時間
=20×7
=140
時給=35万円÷140時間
=2500円
残業代不払いに対する対処方法・関係機関
(1) 交渉:自分で交渉するか、この段階から弁護士に依頼することもできます。
(2) 労働基準監督署(労基署と略します。)
残業代の未払いは労基法違反です。その違反を労基署に申告することで、労基署が調査し、
不払いが認められた場合には、指導や勧告がなされ、支払われることがあります。
* 在職中などで、氏名を出したくない場合には、匿名での申告の方法もあります。
(3) 裁判所
交渉や労基署への申告でもうまくいかない場合には、裁判所での手続きがあります。
@ 調停
A 労働審判:早期解決が図られるので、最近はよく利用されています。
B 労働訴訟
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第3 残業代請求に関する問題点
1 管理監督者に該当するかどうか
管理監督者(一般的には管理職のこと)の地位にある労働者に対しては、労働時間・休日に関する
規制が適用されないため、残業代を支払う必要はありません。
しかし、「名ばかり管理職」という表現があるように、「部長」「所長」「課長」等の肩書き
だけでは、ここでいう管理監督者とは言えません。
管理監督者は、労務管理について経営者と一体的な立場にある者とされており、
具体的な判断基準は次の通りです。
@ 出退社について厳格な制限を受けないこと
A 重要な職責とそれに見合う権限があること
B 基本給や役職手当等において、その地位にふさわしい待遇がなされていること
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固定残業代(定額残業代)
現実の時間外労働の有無・長短にかかわらず、毎月一定額の手当として支払ったり、基本給に
組み込んで支給する事例があります。
このような支払い方を固定残業代(定額残業代)といったりします。
固定残業代について、直接禁止する法律はありませんが、その有効性について、しばしば
争いになり、判例ではおよそ次のような要件が必要だとされています。
@ 労働者が、通常の労働時間に相当する部分(金額)と割増賃金に当たる部分(金額)を
判別できること
A 割増賃金に当たる部分が、労基法に従って計算した額以上であること
定額残業代の支払いの有効性が争われた事案
最高裁第1小法廷判決:平成30年7月19日
事案:労働契約において、所定賃金のうち業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨の
記載がある場合
雇用契約において、ある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか
どうかの判断の方法として、次の通り述べています。
「雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する
当該手当や割増賃金に対する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの
事情を考慮して判断すべきである。」
事案における具体的な判断においては、次の様な事情の下では、業務手当の支払いをもって
時間外労働等に対する賃金の支払いとみることができるとしました。
@ 会社の賃金体系において、業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと
位置づけられていた
A 業務手当は、平均所定労働時間を基に算定すると、約28時間分の時間外労働に対する
割増賃金に相当するもので、実際の時間外労働等の状況と大きくかい離するものではない
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年俸制
年俸制は、賃金の額を年単位で決める制度です。
労働者の業績などの要素が年俸に反映することになることが多いようです。
年俸額は、特に定めがなければ、年間所定労働時間に対応する賃金になりますから、時間外労働
があれば別途割増賃金の支払い義務があります。
年俸制の場合の残業代が争われた事案
最高裁第2小法廷判決:平成29年7月7日
概要: 医療法人と医師との間の雇用契約で、年俸1700万円のうちに時間外労働等に対する
割増賃金が含まれることが合意されていました。
しかし、年俸のうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分が明らかにされておらず、
通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できませんでした。
そのような状況では、年俸の支払いにより、時間外労働・深夜労働に対する割増賃金が
支払われたということはできないとされました。
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最高裁第1小法廷判決:令和2年3月30日
事案:タクシー乗務員が、勤務会社に対し、
歩合給の計算に当たり、売上高(揚高)等の一定割合に相当する金額から、
残業手当等に相当する金額を控除する賃金規則の定めが無効であるとして、
控除された残業手当等に相当する金額の賃金の支払いを求めました。
最高裁は、概ね次の通り判断し、東京高裁の原判決を破棄し差戻しました。
一般論として
・ 労働基準法37条の趣旨は、次の通り。
@ 使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働を抑制し、もって
労働時間に関する規定を遵守させる
A 労働者への補償
・ 使用者が、労働契約に基づき、労基法37条等に定められた方法以外の方法に
より算定される手当を時間外労働等に対する対価として支払うこともできる。
↓
・ その場合、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金相当部分の金額を
基礎として労基法37条等に定められた方法で算定した割増賃金を下回らないことが必要である。
↓
・ その前提として、賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に
当たる部分とを判別することができることが必要である。
・ 特定の手当が時間外労働等に対する対価として支払われていると判断するには
労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきである。
判断に際しての留意点は、
手当の名称
算定方法
法の趣旨を踏まえての、労働契約の定める賃金体系全体における手当の位置づけ
本件賃金規則について
ア 本件賃金規則における割増金は、残業等の各時間数に応じて支払われる一方で、その金額は
通常の労働時間の賃金である歩合給の算定に当たり控除される数額としても用いられている。
・ 割増金が時間外労働等に対する対価として支払われるものであるとすれば、
割増金の額がそのまま歩合給の減額につながる仕組みは、
↓
売上高(揚高)を得るに当たり生じる割増賃金をその経費とみた上で、その全額をタクシー
乗務員に負担させているに等しいもので、労基法37条の趣旨に沿わない。
イ 本件賃金規則における割増金は、その一部に時間外労働等に対する対価が含まれているとしても、
通常の労働時間の賃金である歩合給として支払われるべき部分を相当程度含んでいる。
割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働の対価に当たるか明らかでない。
↓
本件賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労基法37条
の割増賃金に当たる部分とを判別することはできない。
↓
本件においては労基法37条の定める割増賃金が支払われたとはいえない。
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